わたくしごと

 

2年間休学を続けていた大学生活に、中途退学という形で終止符を打つこととなった。

 

大学から離れた2年間は、私の中で社会的な意識が成長した部分がとてもあったように自負しているが、同時に、変に背伸びをして達観したように格好付けて、無理に型に嵌めて大人になろうとしていた節も多いように思う。色々とエピソードはあるが、面倒なので割愛する。

 

 

同級生が大学を卒業し新生活に向けせかせかと動く今日この頃、なんとも言い表しがたい焦燥感や不安が自分自身の中にあり、ひとことで言えばとても落ち着かない。このもやもやとした感情をうまく昇華したいと思い、こうして文字に起こしている次第だ。

 

 

話を戻すが、私は休学していた期間、社畜生活に只管励んでいた。学校に通いながら働いていた頃とは一変し生活の基盤が仕事となり、続けていくにつれて自律心が育ったように思う。恐縮ながら店を1軒任せて貰ったり、取引のある方々に上司の右腕として紹介して貰ったり、キャリアを積んで着実に自信を付けることが出来た。私がそうやって働いている一方で大学生活を送っていた皆は、勉強と並行してアルバイトをし、サークル活動や趣味の時間を上手く作り、充実した毎日を過ごしていたと思う。これにどちらが良いだとかは勿論ないが、少しだけ皆を羨ましく妬むような気持ちも心の隅にはあったように感じる。自分の器の小ささ、他人と比較しがちなネガティブな面である。思い返すと情けないなと額を押さえてしまう。

 

 

時の流れは早いもので、新年度が始まれば皆も私も社会人だ。私は就職活動もしておらず、今も昔も変わらぬ環境に身を置いているので、内定を勝ち取りこれまでと一変した場所で人生に挑む全ての友人に敬意の念を抱いている。

 

 

 

なんだか着地点が分からなくなってきた、とりあえず続ける。

 

 

周囲がどんどん変わっていくことを実感するごとに、新しい春を迎えても特別な変化のない自分を顧みて心がざわついてしまう。きっとしょうもない劣等感なんだということは分かっているが、プライドの高い私はどうしても悔しくなってしまう。

 

 

 

だが正直、もういちいち卑屈になっている余裕なんてないのだ。

 

私にとって今一番必要なのは、意識の変化とそれに伴った行動を起こす力である。

 

次の誕生日で、私は23歳だ。

 

それまでに何か、22歳の爪痕を残したい。

 

 

 

気取った言葉を連ねてきたが、結局のところ言いたいのは、

 

 

皆頑張ってたし頑張ってる

だから私ももっと頑張る、頑張ろうね  

 

ということだ。多分。(なんだか偉そうな物言いに聞こえるが、純粋にそう思っていることは伝わって欲しい。)

 

とてつもない乱文になってしまったが、書いているうちに少しだけ散らかっていた気持ちが纏まって、これからのモチベーションが上がってきた気がする。

 

 

春はまだ始まったばかりである。顔を上げよう。